のうち二人死んで自分|丈《だ》け殘つたから、死んだ人に對して殘つてゐるのが氣の毒の樣な氣がする。あの病人は嘔氣《はきけ》があつて、向ふの端から此方《こつち》の果迄《はてまで》響くやうな聲を出して始終げえ/\吐いてゐたが、此二三日|夫《それ》がぴたりと聞こえなくなつたので、大分《だいぶ》落ち付いてまあ結構だと思つたら、實は疲勞の極《きよく》聲を出す元氣を失つたのだと知れた。」
其後《そののち》患者は入れ代り立ち代り出たり入《はい》つたりした。自分の病氣は日を積むに從つて次第に快方に向つた。仕舞には上草履《うはざうり》を穿《は》いて廣い廊下をあちこち散歩し始めた。其時|不圖《ふと》した事から、偶然ある附添の看護婦と口を利く樣になつた。暖かい日の午過《ひるすぎ》食後の運動がてら水仙の水を易へてやらうと思つて洗面所へ出て、水道の栓《せん》を捩《ねぢ》つてゐると、其看護婦が受持の室《へや》の茶器を洗ひに來て、例の通り挨拶をしながら、しばらく自分の手にした朱泥《しゆでい》の鉢《はち》と、其中に盛り上げられた樣に膨《ふく》れて見える珠根《たまね》を眺めてゐたが、やがて其眼を自分の横顏に移して、此前
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