見せたが、こう両方の手を使って、餌壺をどうして籠の中へ入れる事ができるのか、つい聞いておかなかった。
 自分はやむをえず餌壺を持ったまま手の甲で籠の戸をそろりと上へ押し上げた。同時に左の手で開《あ》いた口をすぐ塞《ふさ》いだ。鳥はちょっと振り返った。そうして、ちちと鳴いた。自分は出口を塞いだ左の手の処置に窮した。人の隙《すき》を窺《うかが》って逃げるような鳥とも見えないので、何となく気の毒になった。三重吉は悪い事を教えた。
 大きな手をそろそろ籠の中へ入れた。すると文鳥は急に羽搏《はばたき》を始めた。細く削《けず》った竹の目から暖かいむく毛が、白く飛ぶほどに翼《つばさ》を鳴らした。自分は急に自分の大きな手が厭《いや》になった。粟《あわ》の壺と水の壺を留り木の間にようやく置くや否や、手を引き込ました。籠の戸ははたりと自然《ひとりで》に落ちた。文鳥は留り木の上に戻った。白い首を半《なか》ば横に向けて、籠の外にいる自分を見上げた。それから曲げた首を真直《まっすぐ》にして足の下《もと》にある粟と水を眺めた。自分は食事をしに茶の間へ行った。
 その頃は日課として小説を書いている時分であった。飯と
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