せん。もし餌《え》をかえてやらなければ、餌壺《えつぼ》を出して殻《から》だけ吹いておやんなさい。そうしないと文鳥が実《み》のある粟を一々拾い出さなくっちゃなりませんから。水も毎朝かえておやんなさい。先生は寝坊だからちょうど好いでしょうと大変文鳥に親切を極《きわ》めている。そこで自分もよろしいと万事受合った。ところへ豊隆が袂から餌壺と水入を出して行儀よく自分の前に並べた。こういっさい万事を調《ととの》えておいて、実行を逼《せま》られると、義理にも文鳥の世話をしなければならなくなる。内心ではよほど覚束《おぼつか》なかったが、まずやってみようとまでは決心した。もしできなければ家《うち》のものが、どうかするだろうと思った。
やがて三重吉は鳥籠を叮嚀《ていねい》に箱の中へ入れて、縁側《えんがわ》へ持ち出して、ここへ置きますからと云って帰った。自分は伽藍《がらん》のような書斎の真中に床を展《の》べて冷《ひやや》かに寝た。夢に文鳥を背負《しょ》い込《こ》んだ心持は、少し寒かったが眠《ねぶ》ってみれば不断《ふだん》の夜《よる》のごとく穏かである。
翌朝《よくあさ》眼が覚《さ》めると硝子戸《ガラスど
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