れた。
ところへ三重吉が門口《かどぐち》から威勢よく這入《はい》って来た。時は宵《よい》の口《くち》であった。寒いから火鉢の上へ胸から上を翳《かざ》して、浮かぬ顔をわざとほてらしていたのが、急に陽気になった。三重吉は豊隆《ほうりゅう》を従えている。豊隆はいい迷惑である。二人が籠を一つずつ持っている。その上に三重吉が大きな箱を兄《あに》き分《ぶん》に抱《かか》えている。五円札が文鳥と籠と箱になったのはこの初冬《はつふゆ》の晩であった。
三重吉は大得意である。まあ御覧なさいと云う。豊隆その洋灯《ランプ》をもっとこっちへ出せなどと云う。そのくせ寒いので鼻の頭が少し紫色《むらさきいろ》になっている。
なるほど立派な籠ができた。台が漆《うるし》で塗ってある。竹は細く削《けず》った上に、色が染《つ》けてある。それで三円だと云う。安いなあ豊隆と云っている。豊隆はうん安いと云っている。自分は安いか高いか判然と判《わか》らないが、まあ安いなあと云っている。好いのになると二十円もするそうですと云う。二十円はこれで二返目《にへんめ》である。二十円に比べて安いのは無論である。
この漆はね、先生、日向《
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