んだのを目撃した。
かようにして金はたしかに三重吉の手に落ちた。しかし鳥と籠《かご》とは容易にやって来ない。
そのうち秋が小春《こはる》になった。三重吉はたびたび来る。よく女の話などをして帰って行く。文鳥と籠の講釈は全く出ない。硝子戸《ガラスど》を透《すか》して五尺の縁側《えんがわ》には日が好く当る。どうせ文鳥を飼うなら、こんな暖かい季節に、この縁側へ鳥籠を据《す》えてやったら、文鳥も定めし鳴き善《よ》かろうと思うくらいであった。
三重吉の小説によると、文鳥は千代《ちよ》千代と鳴くそうである。その鳴き声がだいぶん気に入ったと見えて、三重吉は千代千代を何度となく使っている。あるいは千代と云う女に惚《ほ》れていた事があるのかも知れない。しかし当人はいっこうそんな事を云わない。自分も聞いてみない。ただ縁側に日が善く当る。そうして文鳥が鳴かない。
そのうち霜《しも》が降り出した。自分は毎日|伽藍《がらん》のような書斎に、寒い顔を片づけてみたり、取乱してみたり、頬杖を突いたりやめたりして暮していた。戸は二重《にじゅう》に締め切った。火鉢《ひばち》に炭ばかり継《つ》いでいる。文鳥はついに忘
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