》み入《い》ったものであったが、気の毒な事に、みんな忘れてしまった。ただ好いのは二十円ぐらいすると云う段になって、急にそんな高価《たかい》のでなくっても善《よ》かろうと云っておいた。三重吉はにやにやしている。
 それから全体どこで買うのかと聞いて見ると、なにどこの鳥屋にでもありますと、実に平凡な答をした。籠はと聞き返すと、籠ですか、籠はその何ですよ、なにどこにかあるでしょう、とまるで雲を攫《つか》むような寛大な事を云う。でも君あてがなくっちゃいけなかろうと、あたかもいけないような顔をして見せたら、三重吉は頬《ほっ》ぺたへ手をあてて、何でも駒込に籠の名人があるそうですが、年寄だそうですから、もう死んだかも知れませんと、非常に心細くなってしまった。
 何しろ言いだしたものに責任を負わせるのは当然の事だから、さっそく万事を三重吉に依頼する事にした。すると、すぐ金を出せと云う。金はたしかに出した。三重吉はどこで買ったか、七子《ななこ》の三《み》つ折《おれ》の紙入を懐中していて、人の金でも自分の金でも悉皆《しっかい》この紙入の中に入れる癖がある。自分は三重吉が五円札をたしかにこの紙入の底へ押し込
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