ぶた》の色は薄蒼《うすあお》く変った。
餌壺《えつぼ》には粟《あわ》の殻《から》ばかり溜《たま》っている。啄《ついば》むべきは一粒もない。水入は底の光るほど涸《か》れている。西へ廻った日が硝子戸《ガラスど》を洩れて斜めに籠に落ちかかる。台に塗った漆《うるし》は、三重吉の云ったごとく、いつの間にか黒味が脱《ぬ》けて、朱《しゅ》の色が出て来た。
自分は冬の日に色づいた朱の台を眺めた。空《から》になった餌壺を眺めた。空《むな》しく橋を渡している二本の留り木を眺めた。そうしてその下に横《よこた》わる硬い文鳥を眺めた。
自分はこごんで両手に鳥籠を抱《かか》えた。そうして、書斎へ持って這入《はい》った。十畳の真中へ鳥籠を卸《おろ》して、その前へかしこまって、籠の戸を開いて、大きな手を入れて、文鳥を握って見た。柔《やわら》かい羽根は冷《ひえ》きっている。
拳《こぶし》を籠から引き出して、握った手を開けると、文鳥は静に掌《てのひら》の上にある。自分は手を開けたまま、しばらく死んだ鳥を見つめていた。それから、そっと座布団《ざぶとん》の上に卸した。そうして、烈《はげ》しく手を鳴らした。
十六にな
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