る小女《こおんな》が、はいと云って敷居際《しきいぎわ》に手をつかえる。自分はいきなり布団の上にある文鳥を握って、小女の前へ抛《ほう》り出した。小女は俯向《うつむ》いて畳を眺めたまま黙っている。自分は、餌《え》をやらないから、とうとう死んでしまったと云いながら、下女の顔を睥《にら》めつけた。下女はそれでも黙っている。
自分は机の方へ向き直った。そうして三重吉へ端書《はがき》をかいた。「家人《うちのもの》が餌をやらないものだから、文鳥はとうとう死んでしまった。たのみもせぬものを籠へ入れて、しかも餌をやる義務さえ尽くさないのは残酷の至りだ」と云う文句であった。
自分は、これを投函《だ》して来い、そうしてその鳥をそっちへ持って行けと下女に云った。下女は、どこへ持って参りますかと聞き返した。どこへでも勝手に持って行けと怒鳴《どな》りつけたら、驚いて台所の方へ持って行った。
しばらくすると裏庭で、子供が文鳥を埋《うめ》るんだ埋るんだと騒いでいる。庭掃除《にわそうじ》に頼んだ植木屋が、御嬢さん、ここいらが好いでしょうと云っている。自分は進まぬながら、書斎でペンを動かしていた。
翌日《よくじつ
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