ている。そうして横に倒れている。水入《みずいれ》も餌壺《えつぼ》も引繰返《ひっくりかえ》っている。粟《あわ》は一面に縁側に散らばっている。留り木は抜け出している。文鳥はしのびやかに鳥籠の桟《さん》にかじりついていた。自分は明日《あした》から誓ってこの縁側に猫を入れまいと決心した。
 翌日《あくるひ》文鳥は鳴かなかった。粟を山盛《やまもり》入れてやった。水を漲《みなぎ》るほど入れてやった。文鳥は一本足のまま長らく留り木の上を動かなかった。午飯《ひるめし》を食ってから、三重吉に手紙を書こうと思って、二三行書き出すと、文鳥がちちと鳴いた。自分は手紙の筆を留めた。文鳥がまたちちと鳴いた。出て見たら粟も水もだいぶん減っている。手紙はそれぎりにして裂いて捨てた。
 翌日《よくじつ》文鳥がまた鳴かなくなった。留り木を下りて籠の底へ腹を圧《お》しつけていた。胸の所が少し膨《ふく》らんで、小さい毛が漣《さざなみ》のように乱れて見えた。自分はこの朝、三重吉から例の件で某所まで来てくれと云う手紙を受取った。十時までにと云う依頼であるから、文鳥をそのままにしておいて出た。三重吉に逢《あ》って見ると例の件がいろ
前へ 次へ
全27ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング