の殻《から》だけになっていた事がある。ある時は籠《かご》の底が糞《ふん》でいっぱいになっていた事がある。ある晩宴会があって遅く帰ったら、冬の月が硝子越《ガラスごし》に差し込んで、広い縁側《えんがわ》がほの明るく見えるなかに、鳥籠がしんとして、箱の上に乗っていた。その隅《すみ》に文鳥の体が薄白く浮いたまま留《とま》り木《ぎ》の上に、有るか無きかに思われた。自分は外套《がいとう》の羽根《はね》を返して、すぐ鳥籠を箱のなかへ入れてやった。
翌日文鳥は例のごとく元気よく囀《さえず》っていた。それからは時々寒い夜《よる》も箱にしまってやるのを忘れることがあった。ある晩いつもの通り書斎で専念にペンの音を聞いていると、突然縁側の方でがたりと物の覆《くつがえ》った音がした。しかし自分は立たなかった。依然として急ぐ小説を書いていた。わざわざ立って行って、何でもないといまいましいから、気にかからないではなかったが、やはりちょっと聞耳《ききみみ》を立てたまま知らぬ顔ですましていた。その晩寝たのは十二時過ぎであった。便所に行ったついで、気がかりだから、念のため一応縁側へ廻って見ると――
籠は箱の上から落ち
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