へ炭をついだ。
小説はしだいに忙《いそが》しくなる。朝は依然として寝坊をする。一度|家《うち》のものが文鳥の世話をしてくれてから、何だか自分の責任が軽くなったような心持がする。家のものが忘れる時は、自分が餌《え》をやる水をやる。籠《かご》の出し入れをする。しない時は、家のものを呼んでさせる事もある。自分はただ文鳥の声を聞くだけが役目のようになった。
それでも縁側《えんがわ》へ出る時は、必ず籠の前へ立留《たちどま》って文鳥の様子を見た。たいていは狭い籠を苦《く》にもしないで、二本の留り木を満足そうに往復していた。天気の好い時は薄い日を硝子越《ガラスごし》に浴びて、しきりに鳴き立てていた。しかし三重吉の云ったように、自分の顔を見てことさらに鳴く気色はさらになかった。
自分の指からじかに餌《え》を食うなどと云う事は無論なかった。折々|機嫌《きげん》のいい時は麺麭《パン》の粉《こ》などを人指指《ひとさしゆび》の先へつけて竹の間からちょっと出して見る事があるが文鳥はけっして近づかない。少し無遠慮に突き込んで見ると、文鳥は指の太いのに驚いて白い翼《つばさ》を乱して籠の中を騒ぎ廻るのみであった
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