冷たい。今朝|埋《い》けた佐倉炭《さくらずみ》は白くなって、薩摩五徳《さつまごとく》に懸《か》けた鉄瓶《てつびん》がほとんど冷《さ》めている。炭取は空《から》だ。手を敲《たた》いたがちょっと台所まで聴《きこ》えない。立って戸を明けると、文鳥は例に似ず留《とま》り木《ぎ》の上にじっと留っている。よく見ると足が一本しかない。自分は炭取を縁に置いて、上からこごんで籠の中を覗き込んだ。いくら見ても足は一本しかない。文鳥はこの華奢《きゃしゃ》な一本の細い足に総身《そうみ》を託して黙然《もくねん》として、籠の中に片づいている。
 自分は不思議に思った。文鳥について万事を説明した三重吉もこの事だけは抜いたと見える。自分が炭取に炭を入れて帰った時、文鳥の足はまだ一本であった。しばらく寒い縁側に立って眺めていたが、文鳥は動く気色《けしき》もない。音を立てないで見つめていると、文鳥は丸い眼をしだいに細くし出した。おおかた眠《ねむ》たいのだろうと思って、そっと書斎へ這入ろうとして、一歩足を動かすや否や、文鳥はまた眼を開《あ》いた。同時に真白な胸の中から細い足を一本出した。自分は戸を閉《た》てて火鉢《ひばち》
前へ 次へ
全27ページ中17ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング