く》らんだ首を二三度|竪横《たてよこ》に向け直した。やがて一団《ひとかたまり》の白い体がぽいと留り木の上を抜け出した。と思うと奇麗《きれい》な足の爪が半分ほど餌壺《えつぼ》の縁《ふち》から後《うしろ》へ出た。小指を掛けてもすぐ引《ひ》っ繰《く》り返《かえ》りそうな餌壺は釣鐘《つりがね》のように静かである。さすがに文鳥は軽いものだ。何だか淡雪《あわゆき》の精《せい》のような気がした。
 文鳥はつと嘴《くちばし》を餌壺の真中に落した。そうして二三度左右に振った。奇麗に平《なら》して入れてあった粟がはらはらと籠の底に零《こぼ》れた。文鳥は嘴《くちばし》を上げた。咽喉《のど》の所で微《かすか》な音がする。また嘴を粟の真中に落す。また微な音がする。その音が面白い。静かに聴いていると、丸くて細《こま》やかで、しかも非常に速《すみや》かである。菫《すみれ》ほどな小さい人が、黄金《こがね》の槌《つち》で瑪瑙《めのう》の碁石《ごいし》でもつづけ様に敲《たた》いているような気がする。
 嘴《くちばし》の色を見ると紫《むらさき》を薄く混《ま》ぜた紅《べに》のようである。その紅がしだいに流れて、粟《あわ》をつ
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