来ぬから、こんな処で甘んじて居る。
美服は好きである。敢《あえ》て流行を趁《お》う考も無いし、もう年を取ったからしゃれても仕方が無いと思って居るので、妻の御仕着せを黙って着て居るが、女などがいい着物を着たのを見ると、成程《なるほど》いいと思う。
食物は酒を飲む人のように淡泊な物は私には食えない。私は濃厚な物がいい。支那料理、西洋料理が結構である。日本料理などは食べたいとは思わぬ。尤《もっと》も此支那料理、西洋料理も或る食通と云う人のように、何屋の何で無くてはならぬと云う程に、味覚が発達しては居ない。幼穉《ようち》な味覚で、油っこい物を好くと云う丈《だけ》である。酒は飲まぬ。日本酒一杯位は美味《うま》いと思うが、二三杯でもう飲めなくなる。
其の代り菓子は食う。これとても有れば食うと云う位で、態々《わざわざ》買って食いたいと云う程では無い。煎茶《せんちゃ》も美味《うま》いと思って飲むが、自分で茶の湯を立てる事は知らぬ。莨《たばこ》は吸って居る。一事止した事もあったが、莨を吸わぬ事が別に自慢にもならぬと思ったから、又吸い出した。余り吸って舌が荒れたり胃が悪くなったりすれば一寸《ちょっ
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