惚《うぬぼれ》である。それらは皆|各自《めいめい》に有《も》っているはずである。疑わしいときは、個人としての先輩やら朋友やら、信用のある外国人の著わした書物やらに聴いて、自分の考えを纏《まと》めれば沢山である。現代の文士が述作の上において最も要求する所のものはそれらではない。金である。比較的容易なる生活である。彼らは見苦しいほど金に困っている。いわゆる文壇の不振とは、文壇に提供せられたる作物の不振ではない。作物を買ってやる財嚢《ざいのう》の不振である。文士からいえば米櫃《こめびつ》の不振である。新設されべき文芸院が果してこの不振の救済を急務として適当の仕事を遣《や》り出すならば、よし永久の必要はなしとした所で、刻下の困難を救う一時の方便上、文壇に縁の深い我々は折れ合って無理にも賛成の意を表したいが、どうしてそれを仕終《しおお》せるかの実行問題になると、余には全然見込が立たないのである。

       下

 近時のわが文壇は殆んど小説の文壇である。脚本と批評はこれに次ぐべき重要の因数《ファクトー》に相違ないが、分量からいっても、一般の注意を惹《ひ》く点からいっても、遂に小説には及ばな
前へ 次へ
全13ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング