たところで、我々、すなわち今日この席で講演の栄誉を有している私と、その講演を御聴き下さる諸君の理想は何であるかと云うと、云うまでもなく第二に属するものであります。情を働かして生活したい、知意を働かせたくないと云うのではないが、情を離れて活《い》きていたくないと云うのが我々の理想であります。しかしただ「情が理想」では合点《がてん》が行かない。御互になるほどと合点が参るためには、今少し詳細に「情を理想とする」とは、こんなものだと小《こま》かく割って御話しをしなければなるまいと思います。
情を働かす人は物の関係を味わうんだと申しました。物の関係を味わう人は、物の関係を明《あきら》めなくてはならず、また場合によってはこの関係を改造しなくては味が出て来ないからして、情の人はかねて、知意の人でなくてはならず、文芸家は同時に哲学者で同時に実行的の人(創作家)であるのは無論であります。しかし関係を明める方を専《もっぱ》らにする人は、明めやすくするために、味わう事のできない程度までにこの関係を抽象してしまうかも知れません。林檎《りんご》が三つあると、三と云う関係を明かにさえすればよいと云うので、肝心《
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