、それのみを働かすと云うつもりではありません。そこでこのうちで知を働かす人は、物の関係を明《あきら》める人で俗にこれを哲学者もしくは科学者と云います。情を働かす人は、物の関係を味わう人で俗にこれを文学者もしくは芸術家と称《とな》えます。最後に意を働かす人は、物の関係を改造する人で俗にこれを軍人とか、政治家とか、豆腐屋《とうふや》とか、大工とか号しております。
かように意識の内容が分化して来ると、内容の連続も多種多様になるから、前に申した理想、すなわちいかなる意識の連続をもって自己の生命を構成しようかと云う選択の区域も大分自由になります。ある人は比較的知の作用のみを働かす意識の連続を得て生存せんと冀《こいねが》い、ついに学者になります。またある人は比較的情を働かす意識の連続をもって生活の内容としたいと云う理想からとうとう文士とか、画家とか、音楽家になってしまいます。またある人は意志を多く働かし得る意識の連続を希望する結果百姓になったり、車引になったり――これはたんとないかも知れぬが、軍《いくさ》をしたり、冒険に出たり、革命を企てたりするのは大分あるでしょう。
かく人間の理想を三大別し
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