意識に過ぎんのであります。
すると意識の連続は是非共記憶を含んでおらねばならず、記憶というと是非共時間を含んで来なければならなくなります。からして時間と云うものは内容のある意識の連続を待って始めて云うべき事で、これと関係なく時間が独立して世の中に存在するものではない。換言すれば意識と意識の間に存する一種の関係であって、意識があってこそこの関係が出るのであります。だから意識を離れてこの関係のみを独立させると云う事は便宜上の抽象として差支《さしつかえ》ないが、それ自身に存在するものと見る訳には参りません。ちょうどここにある水指《みずさし》のなかから白い色だけをとって、そうして物質を離れて白い色が存在すると主張するようなものであります。ちょっと考えると時間と云うものが流れていて、その永劫《えいごう》の流れのなかに事件が発展推移するように見えますが、それは前に申した分化統一の力が、ここまで進んだ結果時間と云うものを抽象して便宜上《べんぎじょう》これに存在を許したとの意味にほかならんのであります。薔薇《ばら》の中から香水を取って、香水のうちに薔薇があると云ったような論鋒《ろんぽう》と思います。
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