臣の意見として、小生を学位あるものと御認めになるのはやむをえぬ事とするも、小生は学位令の解釈上、小生の意思に逆《さから》って、御受をする義務を有せざる事を茲に言明致します。
「最後に小生は目下|我邦《わがくに》における学問文芸の両界に通ずる趨勢に鑒《かんが》みて、現今の博士制度の功《こう》少くして弊《へい》多き事を信ずる一人なる事を茲《ここ》に言明致します。
「右大臣に御伝えを願います。学位記は再応御手|許《もと》まで御返付致します。敬具」
 要するに文部大臣は授与を取り消さぬといい、余は辞退を取り消さぬというだけである。世間が余の辞退を認むるか、または文部大臣の授与を認むるかは、世間の常識と、世間が学位令に向って施《ほどこ》す解釈に依って極《き》まるのである。ただし余は文部省の如何《いかん》と、世間の如何とにかかわらず、余自身を余の思い通《どおり》に認むるの自由を有している。
 余が進んで文部省に取消を求めざる限り、また文部省が余に意志の屈従《くつじゅう》を強《し》いざる限りは、この問題はこれより以上に纏《まと》まるはずがない。従って落ち付かざる所に落ち着いて、歳月をこのままに流れて
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