行くかも知れない。解決の出来ぬように解釈された一種の事件として統一家、徹底家の心を悩ます例となるかも分らない。
 博士制度は学問奨励の具として、政府から見れば有効に違いない。けれども一国の学者を挙げて悉《ことごと》く博士たらんがために学問をするというような気風を養成したり、またはそう思われるほどにも極端な傾向を帯びて、学者が行動するのは、国家から見ても弊害の多いのは知れている。余は博士制度を破壊しなければならんとまでは考えない。しかし博士でなければ学者でないように、世間を思わせるほど博士に価値を賦与《ふよ》したならば、学問は少数の博士の専有物となって、僅かな学者的貴族が、学権を掌握《しょうあく》し尽すに至ると共に、選に洩《も》れたる他は全く一般から閑却《かんきゃく》されるの結果として、厭《いと》うべき弊害の続出せん事を余は切に憂うるものである。余はこの意味において仏蘭西《フランス》にアカデミーのある事すらも快よく思っておらぬ。
 従って余の博士を辞退したのは徹頭徹尾《てっとうてつび》主義の問題である。この事件の成行《なりゆき》を公けにすると共に、余はこの一句だけを最後に付け加えて置く。
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