たからである。尤《もっと》も先生がこれら知名の人の名を挙げたのは、辞任の必ずしも非礼でないという実証を余に紹介されたまでで、これら知名の人を余に比較するためでなかったのは無論である。
 先生いう、――われらが流俗以上に傑出しようと力《つと》めるのは、人として当然である。けれどもわれらは社会に対する栄誉の貢献によってのみ傑出すべきである。傑出を要求するの最上権利は、凡《すべ》ての時において、われらの人物|如何《いかん》とわれらの仕事如何によってのみ決せらるべきである。
 先生のこの主義を実行している事は、先生の日常生活を別にしても、その著作『日本歴史』において明《あきら》かに窺《うかが》う事が出来る。自白すれば余はまだこの標準的《スタンダード》述作《ウォーク》を読んでいないのである。それにもかかわらず、先生が十年の歳月と、十年の精力と、同じく十年の忍耐を傾け尽して、悉《ことごと》くこれをこの一書の中に注ぎ込んだ過去の苦心談は、先生の愛弟子《まなでし》山県五十雄《やまがたいそお》君から精《くわ》しく聞いて知っている。先生は稿を起すに当って、殆んどあらゆる国語で出版された日本に関する凡《すべ
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