いう長詩も慥《たし》か聞かされたように思う。けれどもそのうちの或行《あるぎょう》にアラス、アラック、という感投詞が二つ続いていたと記憶するだけで、あとはまるで忘れてしまった。
 ベインの『論理学』を読めといって先生が貸してくれた事もあった。余はそれを通読するつもりで宅《うち》へ持って帰ったが、何分《なにぶん》課業その他が忙がしいので段々延び延びになって、何時《いつ》まで立っても目的を果し得なかった。ほど経て先生が、久しい前《ぜん》君に貸したベインの本は僕の先生の著作だから保存して置きたいから、もし読んでしまったなら返してくれといわれた。その本は大分|丹念《たんねん》に使用したものと見えて裏表《うらおもて》とも表紙が千切《ちぎ》れていた。それを借りたときにも返した時にも、先生は哲学の方の素養もあるのかと考えて、小供心《こどもごころ》に羨《うらや》ましかった。
 あるときどんな英語の本を読んだら宜《よ》かろうという余の問に応じて、先生は早速《さっそく》手近にある紙片に、十種ほどの書目《しょもく》を認《したた》めて余に与えられた。余は時を移さずその内の或物を読んだ。即座に手に入らなかったもの
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