の仏蘭西《フランス》だの英吉利《イギリス》だのといふ国名は、自分に取つてもう重要な言葉でも何でもなくなつて仕舞《しま》つた。自分は軍国主義を標榜《へうばう》する独逸が、何《ど》の位の程度に於《おい》て聯合国を打ち破り得るか、又|何《ど》れ程《ほど》根強くそれらに抵抗し得るかを興味に充《み》ちた眼で見詰めるよりは、遥《はるか》により鋭い神経を働かせつつ、独逸に因《よ》つて代表された軍国主義が、多年|英仏《えいふつ》に於て培養された個人の自由を破壊し去るだらうかを観望してゐるのである。国土や領域や羅甸《ラテン》民族やチユトン人種や凡《すべ》て具象的な事項は、今の自分に左《さ》した問題になつてゐない。
 独逸は当初の予期に反して頗《すこぶ》る強い。聯合軍に対して是程《これほど》持ち応《こた》へやうとは誰しも思つてゐなかつた位に強い。すると勝負の上に於《おい》て、所謂《いはゆる》軍国主義なるものゝ価値は、もう大分《だいぶ》世界各国に認められたと云《い》はなければならない。さうして向後《かうご》独逸が成功を収めれば収める程、此《この》価値は漸々《ぜん/\》高まる丈である。英吉利のやうに個人の自由
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