を重んずる国が、強制徴兵案を議会に提出するのみならず、それが百五対四百三の大多数を以て第一|読会《どくくわい》を通過したのを見ても、其《その》消息はよく窺《うかゞ》はれるだらう。
 かつてギッシングの書いたものを読んだら、小さいうち学校で体操を強ひられるのが、非常の苦痛と不快を彼に与へたといふ事が精《くは》しく述べてあつた末に、もしわが英国で本人の意思に逆つて迄も徴兵を強制するやうになつたと仮定したら、自分は何《ど》んな心持になるだらう、さういふ事実は万々起る筈《はず》はないのだけれども、たゞ想像して見てさへ堪《た》へられないと附け加へてあつた。ギッシングのやうに独居《どくきよ》を好む人は特別だと云《い》ふかも知れないが、英国人の自由を愛する念と云つたら、殆《ほとん》ど第二の天性として一般に行き渡つてゐるのだから、強制徴兵に対する嫌悪の情は、誰しもギッシングに譲らないと見ても間違はないのである。其《その》英国で無理にも国民を兵籍に入れやうとするのには至大《しだい》の困難があると思はなければならない。其困難を冒《をか》して新しい議案が持ち出され、又其議案が過半の多数に因《よ》つて通過され
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