たとすると、現に非常な変化が英国民の頭の中《うち》に起りつつある証拠になる。さうして此《この》変化は既に独逸が真向《まつかう》に振り翳《かざ》してゐる軍国主義の勝利と見るより外に仕方がない。戦争がまだ片付かないうちに、英国は精神的にもう独逸に負けたと評しても好い位のものである。(つゞく)

       四 軍国主義(三)

 開戦の劈頭《へきとう》から首都|巴里《パリー》を脅《おびや》かされやうとした仏蘭西《フランス》人の脳裏には英国民よりも遥《はるか》に深く此《この》軍国主義の影響が刻み付けられたに違ない。たゞでさへ何《ど》うして独逸《ドイツ》に復讐してやらうかと考へ続けに考へて来た彼等が、愈《いよ/\》となると、却《かへつ》て其《その》独逸の為に領土の一部分を蹂躪《じうりん》されるばかりか、政庁さへ遠い所へ移さなければならなくなつたのは、彼等に取つて甚《はなは》だ痛ましい事実である。其《その》事実を眼前に見た彼等の精神に、一種の強い感銘が起るのも亦《また》必然の結果と云《い》はなければなるまい。飛行船から投下された爆弾以外に、まだ寸土《すんど》も敵兵に踏まれてゐない英国に比較する
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