と、此《この》精神的打撃は更《さら》に幾倍《いくばい》の深刻さを加へてゐると見るのが正《まさ》に妥当の見解である。
 不幸にして強制徴兵案の様に自分の想像を事実の上で直接|確《たしか》めて呉《く》れる程の鮮やかな現象が、仏蘭西《フランス》ではまだ起つてゐないから、自分は自分の臆説《おくせつ》をさう手際《てぎは》よく実際に証明する訳《わけ》に行かない。けれども戦争の経過につれて、彼等の公表する思想なり言説なりに現れて来る変化を迹付《あとづ》ければ、自分の考への大して正鵠《せいこう》を失つてゐない事|丈《だけ》は略《ほゞ》慥《たしか》なやうに思はれる。此間《このあひだ》或《ある》雑誌で「力」といふ観念に就《つい》て独仏両者を比較したパラントといふ人の文章を読んだ時、自分は益《ます/\》其感を深くした。
 彼は「力」といふ考への中《うち》に、独逸《ドイツ》人の混入した不純な概念を列挙した末、仏蘭西《フランス》のそれも矢張《やは》り変に歪《ゆが》んでしまつたといふ事を下《しも》の様に説いてゐる。
「仏蘭西では科学的に所謂《いはゆる》「力」といふものが正義権利の観念と衝突した。ルーテル式独逸式で
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