はないが、ルソー式、トルストイ式、四|海同胞《かいどうはう》式、平和式、平等式、人道式なる此《この》観念のために本来の「力」といふ考へがつい曲げられて不徳不仁《ふとくふじん》の属性を帯びるやうになつてしまつた。そこで正義と人道と平和の為に此《この》「力」といふものを軽蔑し且《かつ》否定しなければならなくなつた。さうして美と正義を一致させ、美と調和を一致させる美学を建設した。奮闘も差別も自然の法則であるといふ事を忘れた。美|其物《そのもの》も一種の「力」であり、又「力」の発現であるといふ事を忘れた。正義|其物《そのもの》も本来の意味から云へば平衡を得た「力」に過ぎないといふ事を忘れた。「力」の方が原始的で、正義の方は却《かへつ》て転来《てんらい》的であるといふ事も忘れた。斯《こ》んな僻見《へきけん》に比べるとニーチエの方が何《ど》の位|尤《もつと》もであつたか分らない。……そこで吾々は何《ど》うしても「力」といふ観念をこゝで一新する必要がある。さうして本当の意味でもう一度それを評価の階段中に入れ易《か》へなければならない。自然の法則を現すといふ点に於《おい》て「力」は科学的なものである。
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