勝利を冀《こひねが》ふ人間の精神を現すといふ点に於て「力」は高尚なものである。吾々はもう権利と「力」とを対立させる事を已《や》めなければ行《い》けない。権利がなくつて負けるのはまだしもだが、権利がある上に負けるのは二重の敗北である。最大の損害である。無上の不幸である」
冗漫と難渋とを恐れて、わざと大意|丈《だけ》を抄訳した此《この》一節を読んで見ても、相手の軍国主義が何《ど》んな風に仏蘭西の思想界の一部に食ひ入りつゝあるかが解るだらう。(つゞく)
五 軍国主義(四)
すると戦争のまだ落着しないうちから、年来|独逸《ドイツ》によつて標榜《へうばう》された軍国的精神なるものは既に敵国を動かし始めたのである。遠い東の果《はて》に住んでゐる吾々の視聴を刺戟する位《くらゐ》強く彼等の心を動かし始めたのである。さうして此《この》影響はたとひ今度の戦争が片付いても、容易に彼等の脳裏から拭《ぬぐ》ひ去る事が出来ないのである。単に過去の経験を痛切に記憶すべく余儀なくされた結果として拭ひ去る事が出来ないばかりでなく、未来に対する配慮からしても到底|此《この》影響を超越する訳《わけ》に
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