の有《あ》り丈《たけ》を尽さうと思ふのである。
 自分は点頭録《てんとうろく》の最初に是丈《これだけ》の事を云つて置かないと気が済まなくなつた。

       二 軍国主義(一)

 今度の欧洲《おうしう》戦争が爆発した当時、自分は或人《あるひと》から突然質問を掛けられた。
「何《ど》んな影響が出て来るでせう」
「左様《さやう》」
 自分は実際考へる暇《ひま》を有《も》たなかつた。けれども答へなければならなかつた。
「何《ど》んな影響が出て来るか、来て見なければ無論解りませんけれども、何しろ吾々が是《これ》はと驚ろくやうな目覚《めざ》ましい結果は予期しにくいやうに思ひます。元来|事《こと》の起りが宗教にも道義にも乃至《ないし》一般人類に共通な深い根柢を有した思想なり感情なり欲求なりに動かされたものでない以上、何方《どつち》が勝つた所で、善が栄えるといふ訳《わけ》でもなし、又|何方《どつち》が負けたにした所で、真《しん》が勢《いきほひ》を失ふといふ事にもならず、美が輝《かゞやき》を減ずるといふ羽目《はめ》にも陥る危険はないぢやありませんか」
 自分はさう云《い》ひ切つて仕舞《しま》つた
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