う〕》独乙統一の為《ため》ではないか。其統一は四囲の圧迫を防ぐためではないか。既に統一が成立し、帝国が成立し、侵略の虞《〔おそれ〕》なくして独乙が優に存在し得た暁には撤回すべき性質のものではないか。もし永久に此主義で押し通すとならば、論理上此主義其物に価値がなくてはならない。さうして其価値によつて此主義の存在が保証されなければならない。そんな価値が果して何処《どこ》から出て来《く》るだらうか」
 個人の場合でも唯喧嘩に強いのは自慢にならない。徒《〔いたず〕》らに他《ひと》を傷《あや》める丈である。国と国とも同じ事《こと》で、単に勝つ見込があるからと云つて、妄《〔みだ〕》りに干戈《〔かんか〕》を動かされては近所が迷惑する丈である。文明を破壊する以外に何の効果もない。勝つたものは勝つた後《あと》で、其損害を償ふ以上の貢献を、大きな文明に対してしなければならない筈である。少なくとも其心掛がなくてはならない筈である。自分は今の独乙にそれ丈の事《こと》を仕終せる精神と実力があるか何《ど》うかを危《あや》ぶまざるを得ないのである。するとトライチケの主張は独乙統一前には生存上有効でもあり必要でもあり
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