人道的及び自由主義の運動に反対したのである。……
 自分はトライチケの影響で今度の欧洲戦争が起つたとは云はない。彼の生時にあつてすら、彼はビスマークの顧問でもなければ又助言者でもなかつた。彼の主張とビスマークの実行とは寧《〔むし〕》ろ偶然に一致したのだらう。たとひ彼が鉄血宰相の謳歌者であつたにした所で、謳歌されるビスマークの方では、夫程《〔それほど〕》彼の言論に動かされてゐなかつたかも知れない。それにも拘《〔かか〕》はらず結果から云へば、彼はビスマークの政治上で断行した事《こと》を、彼の学説と言論によつて一々|裏書《うらがき》したと云つても差支《〔さしつかえ〕》ないのである。さうして今日の独乙が、社会主義者其他の反抗に関せず、当時の方針を基儘《〔そのまま〕》継続して、其極《〔そのきょく〕》今度の大乱を引き起したとすれば、思想家としてトライチケの独乙に対する立場も亦《〔また〕》自然明瞭になつた訳である。
 是丈《〔これだけ〕》の関係を明かにすると、自分の癖として、又根本問題に立ち返つて、質問が起《おこ》したくなる。
「トライチケの鼓吹《〔こすい〕》した軍国主義、国家主義は畢竟《〔ひっきょ
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