して其国家は即ち普魯西である。他の小邦は幾多の犠牲を甘んじても、此中央政府の意志と命令に従はなければならないといふのが彼の意見であつた。
「国家の実質とも見傚《〔みな〕》し得べき「力」を有《〔も〕》たない小邦が、何で国《こく》家を代表する事《こと》が出来よう」
 彼は斯《〔こ〕》ういつて、多くの小邦を睥睨《〔へいげい〕》した。其内には彼の故郷のサクソニーも無論|含《ふく》まれてゐた。
 千八百六十七年ビスマークの力によつて成就された北独乙の聯合は、此意味から見て、彼の理想をある程度迄現実にしたものに違なかつた。其結果として凡てに課せられたる義務兵役と、其義務兵役から生ずる驚ろくべき多くの軍隊とは、支配権を有する普魯西《〔プロシア〕》に取つて大いなる力であつた。それを独乙勢力の増進に必要な条件、即ち西方発展策に応用したのが即ち普仏《〔ふふつ〕》戦争なのである。
 彼の教授を受けた多くの学生は其時従軍した。彼等の一人が熱烈な告別の辞を述べた時、「どんな犠牲を払つても勝て」と云つた彼は、忽《〔たちま〕》ちヒーローとして青年から目されるやうになつた。彼は固《〔もと〕》より独乙の勝利を信じて疑は
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