此目的をもつて大学で普国《〔ふこく〕》史を講じ出した。ごた/\した小邦はみんな取り潰《つぶ》してしまはなければならないといふ彼の本意は、此《この》一事でも窺《〔うかが〕》はれた。彼は自ら小邦に生れた事《こと》を忘れた。彼の父《ちゝ》に対する義理も忘れた。彼は父に向つて云つた。
「親子《おやこ》の情合のために自分の信念を枉《〔ま〕》げる事《こと》は、私には何《ど》うしても出来ません」
彼は此言葉と共にライプチツヒを去つた。再び招かれて其所《そこ》で演説を試みた時《とき》、彼は独乙統一のために、焔のやうな熱烈の言辞を二万の聴衆の上に浴《あび》せ掛《か》けた。無邪気な彼等は呆然として驚ろいた。
所へビスマークが現はれた。さうしてビスマークは彼の要する理想の人物であつた。ビスマークの時《とき》めく普魯西《〔プロシア〕》政府は猶《〔なお〕》の事《こと》統一の中心にならねばならなかつた。彼の所謂《〔いわゆる〕》「国家」とならねばならなかつた。「第一に自由、夫から統一」といふ叫び声を無意味なものとして聞き流した彼は、「第一に国家の権利、夫から国家」といふ旗幟《〔きし〕》を無遠慮に押し立てた。さう
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