くっちゃあ。――ただ、馬車へ乗ったり、別荘を建てたりするだけならいいが、むやみに人を圧逼《あっぱく》するぜ、ああ云う豆腐屋は。自分が豆腐屋の癖に」と圭さんはそろそろ慷慨《こうがい》し始める。
「君はそんな目に逢《あ》った事があるのかい」
圭さんは腕組をしたままふふんと云った。村鍛冶の音は不相変《あいかわらず》かあんかあんと鳴る。
「まだ、かんかん遣《や》ってる。――おい僕の腕は太いだろう」と圭さんは突然腕まくりをして、黒い奴《やつ》を碌さんの前に圧《お》しつけた。
「君の腕は昔から太いよ。そうして、いやに黒いね。豆を磨《ひ》いた事があるのかい」
「豆も磨いた、水も汲《く》んだ。――おい、君|粗忽《そこつ》で人の足を踏んだらどっちが謝《あや》まるものだろう」
「踏んだ方が謝まるのが通則のようだな」
「突然、人の頭を張りつけたら?」
「そりゃ気違《きちがい》だろう」
「気狂《きちがい》なら謝まらないでもいいものかな」
「そうさな。謝まらさす事が出来れば、謝まらさす方がいいだろう」
「それを気違の方で謝まれって云うのは驚ろくじゃないか」
「そんな気違があるのかい」
「今の豆腐屋|連《れん》
前へ
次へ
全71ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング