はみんな、そう云う気違ばかりだよ。人を圧迫した上に、人に頭を下げさせようとするんだぜ。本来なら向《むこう》が恐れ入るのが人間だろうじゃないか、君」
「無論それが人間さ。しかし気違の豆腐屋なら、うっちゃって置くよりほかに仕方があるまい」
圭さんは再びふふんと云った。しばらくして、
「そんな気違を増長させるくらいなら、世の中に生れて来ない方がいい」と独《ひと》り言《ごと》のようにつけた。
村鍛冶の音は、会話が切れるたびに静かな里の端《はじ》から端までかあんかあんと響く。
「しきりにかんかんやるな。どうも、あの音は寒磬寺《かんけいじ》の鉦《かね》に似ている」
「妙に気に掛るんだね。その寒磬寺の鉦の音と、気違の豆腐屋とでも何か関係があるのかい。――全体君が豆腐屋の伜《せがれ》から、今日《こんにち》までに変化した因縁《いんねん》はどう云う筋道なんだい。少し話して聞かせないか」
「聞かせてもいいが、何だか寒いじゃないか。ちょいと夕飯《ゆうめし》前に温泉《ゆ》に這入《はい》ろう。君いやか」
「うん這入ろう」
圭さんと碌さんは手拭《てぬぐい》をぶら下げて、庭へ降りる。棕梠緒《しゅろお》の貸下駄《
前へ
次へ
全71ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング