かしげた》には都らしく宿の焼印《やきいん》が押してある。
二
「この湯は何に利《き》くんだろう」と豆腐屋の圭《けい》さんが湯槽《ゆぶね》のなかで、ざぶざぶやりながら聞く。
「何に利くかなあ。分析表を見ると、何にでも利くようだ。――君そんなに、臍《へそ》ばかりざぶざぶ洗ったって、出臍《でべそ》は癒《なお》らないぜ」
「純透明だね」と出臍の先生は、両手に温泉《ゆ》を掬《く》んで、口へ入れて見る。やがて、
「味も何もない」と云いながら、流しへ吐き出した。
「飲んでもいいんだよ」と碌《ろく》さんはがぶがぶ飲む。
圭さんは臍《へそ》を洗うのをやめて、湯槽の縁《ふち》へ肘《ひじ》をかけて漫然《まんぜん》と、硝子越《ガラスご》しに外を眺めている。碌さんは首だけ湯に漬《つ》かって、相手の臍から上を見上げた。
「どうも、いい体格《からだ》だ。全く野生《やせい》のままだね」
「豆腐屋出身だからなあ。体格が悪《わ》るいと華族や金持ちと喧嘩《けんか》は出来ない。こっちは一人|向《むこう》は大勢だから」
「さも喧嘩の相手があるような口振《くちぶり》だね。当《とう》の敵《てき》は誰だい」
「
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