誰でも構わないさ」
「ハハハ呑気《のんき》なもんだ。喧嘩にも強そうだが、足の強いのには驚《おどろ》いたよ。君といっしょでなければ、きのうここまでくる勇気はなかったよ。実は途中で御免蒙《ごめんこうむ》ろうかと思った」
「実際少し気の毒だったね。あれでも僕はよほど加減して、歩行《ある》いたつもりだ」
「本当かい? はたして本当ならえらいものだ。――何だか怪しいな。すぐ付け上がるからいやだ」
「ハハハ付け上がるものか。付け上がるのは華族と金持ばかりだ」
「また華族と金持ちか。眼の敵《かたき》だね」
「金はなくっても、こっちは天下の豆腐屋だ」
「そうだ、いやしくも天下の豆腐屋だ。野生の腕力家だ」
「君、あの窓の外に咲いている黄色い花は何だろう」
 碌さんは湯の中で首を捩《ね》じ向ける。
「かぼちゃさ」
「馬鹿あ云ってる。かぼちゃは地の上を這《は》ってるものだ。あれは竹へからまって、風呂場の屋根へあがっているぜ」
「屋根へ上がっちゃ、かぼちゃになれないかな」
「だっておかしいじゃないか、今頃花が咲くのは」
「構うものかね、おかしいたって、屋根にかぼちゃの花が咲くさ」
「そりゃ唄《うた》かい」

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