二百十日
夏目漱石

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)両手を垂《さ》げたまま

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一軒|豆腐屋《とうふや》があってね

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)よな[#「よな」に傍点]がたくさんに降って
−−

        一

 ぶらりと両手を垂《さ》げたまま、圭《けい》さんがどこからか帰って来る。
「どこへ行ったね」
「ちょっと、町を歩行《ある》いて来た」
「何か観《み》るものがあるかい」
「寺が一軒あった」
「それから」
「銀杏《いちょう》の樹《き》が一本、門前《もんぜん》にあった」
「それから」
「銀杏《いちょう》の樹から本堂まで、一丁半ばかり、石が敷き詰めてあった。非常に細長い寺だった」
「這入《はい》って見たかい」
「やめて来た」
「そのほかに何もないかね」
「別段何もない。いったい、寺と云うものは大概の村にはあるね、君」
「そうさ、人間の死ぬ所には必ずあるはずじゃないか」
「なるほどそうだね」と圭さん、首を捻《ひね》る。圭さんは時々妙な事に感心する。しばらくして、捻《ひ》
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