亭主にでもして置こう」
「じゃ君が亭主に、僕が御者だぜ。負けた方が今日|一日《いちんち》命令に服するんだぜ」
「そんな事はきめやしない」
「御早う……御呼びになりましたか」
「うん呼んだ。ちょっと僕の着物を持って来てくれ。乾いてるだろうね」
「ねえ」
「それから腹がわるいんだから、粥《かゆ》を焚《た》いて貰いたい」
「ねえ。御二人さんとも……」
「おれはただの飯《めし》で沢山だよ」
「では御一人さんだけ」
「そうだ。それから馬車は何時と何時に出るかね」
「熊本通いは八時と一時に出ますたい」
「それじゃ、その八時で立つ事にするからね」
「ねえ」
「君、いよいよ熊本へ帰るのかい。せっかくここまで来て阿蘇《あそ》へ上《のぼ》らないのはつまらないじゃないか」
「そりゃ、いけないよ」
「だってせっかく来たのに」
「せっかくは君の命令に因《よ》って、せっかく来たに相違ないんだがね。この豆じゃ、どうにも、こうにも、――天祐《てんゆう》を空《むな》しくするよりほかに道はあるまいよ」
「足が痛めば仕方がないが、――惜しいなあ、せっかく思い立って、――いい天気だぜ、見たまえ」
「だから、君もいっしょに帰り
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