え」
「いいかい」
「いいとも」
「そら上がるぜ。――いや、いけない。そう、ずり下がって来ては……」
「今度は大丈夫だ。今のは試《ため》して見ただけだ。さあ上がった。大丈夫だよ」
「君が滑《す》べると、二人共落ちてしまうぜ」
「だから大丈夫だよ。今のは傘の持ちようがわるかったんだ」
「君、薄《すすき》の根へ足をかけて持ち応《こた》えていたまえ。――あんまり前の方で蹈《ふ》ん張《ば》ると、崖《がけ》が崩《くず》れて、足が滑べるよ」
「よし、大丈夫。さあ上がった」
「足を踏ん張ったかい。どうも今度もあぶないようだな」
「おい」
「何だい」
「君は僕が力がないと思って、大《おおい》に心配するがね」
「うん」
「僕だって一人前の人間だよ」
「無論さ」
「無論なら安心して、僕に信頼したらよかろう。からだは小さいが、朋友を一人谷底から救い出すぐらいの事は出来るつもりだ」
「じゃ上がるよ。そらっ……」
「そらっ……もう少しだ」
豆で一面に腫《は》れ上がった両足を、うんと薄の根に踏ん張った碌さんは、素肌《すはだ》を二百十日の雨に曝《さら》したまま、海老《えび》のように腰を曲げて、一生懸命に、傘の柄《
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