かああ」
「上がれるから、早く来おおい」
碌さんは腹の痛いのも、足の豆も忘れて、脱兎《だっと》の勢《いきおい》で飛び出した。
「おい。ここいらか」
「そこだ。そこへ、ちょっと、首を出して見てくれ」
「こうか。――なるほど、こりゃ大変浅い。これなら、僕が蝙蝠傘《こうもり》を上から出したら、それへ、取《と》っ捕《つ》らまって上がれるだろう」
「傘《かさ》だけじゃ駄目だ。君、気の毒だがね」
「うん。ちっとも気の毒じゃない。どうするんだ」
「兵児帯《へこおび》を解いて、その先を傘《かさ》の柄《え》へ結びつけて――君の傘の柄は曲ってるだろう」
「曲ってるとも。大いに曲ってる」
「その曲ってる方へ結びつけてくれないか」
「結びつけるとも。すぐ結びつけてやる」
「結びつけたら、その帯の端《はじ》を上からぶら下げてくれたまえ」
「ぶら下げるとも。訳《わけ》はない。大丈夫だから待っていたまえ。――そうら、長いのが天竺《てんじく》から、ぶら下がったろう」
「君、しっかり傘《かさ》を握っていなくっちゃいけないぜ。僕の身体《からだ》は十七貫六百目あるんだから」
「何貫目あったって大丈夫だ、安心して上がりたま
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