に吹きすさむ。噴火孔《ふんかこう》から吹き出す幾万斛《いくまんごく》の煙りは卍のなかに万遍《まんべん》なく捲《ま》き込まれて、嵐の世界を尽くして、どす黒く漲《みなぎ》り渡る。
「おい。いるか」
「いる。何か考えついたかい」
「いいや。山の模様はどうだい」
「だんだん荒れるばかりだよ」
「今日は何日《いくか》だっけかね」
「今日は九月二日さ」
「ことによると二百十日かも知れないね」
会話はまた切れる。二百十日の風と雨と煙りは満目《まんもく》の草を埋《うず》め尽くして、一丁先は靡《なび》く姿さえ、判然《はき》と見えぬようになった。
「もう日が暮れるよ。おい。いるかい」
谷の中の人は二百十日の風に吹き浚《さら》われたものか、うんとも、すんとも返事がない。阿蘇《あそ》の御山は割れるばかりにごううと鳴る。
碌さんは青くなって、また草の上へ棒のように腹這《はらばい》になった。
「おおおい。おらんのか」
「おおおい。こっちだ」
薄暗い谷底を半町ばかり登った所に、ぼんやりと白い者が動いている。手招きをしているらしい。
「なぜ、そんな所へ行ったんだああ」
「ここから上がるんだああ」
「上がれるの
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