ゃないか。あのむくむく煙の出てくるところは」
「そのむくむくが気味が悪るいんだ」
「冗談《じょうだん》云っちゃ、いけない。あの煙の傍《そば》へ行くんだよ。そうして、あの中を覗《のぞ》き込むんだよ」
「考えると全く余計な事だね。そうして覗き込んだ上に飛び込めば世話はない」
「ともかくもあるこう」
「ハハハハともかくもか。君がともかくもと云い出すと、つい釣り込まれるよ。さっきもともかくもで、とうとう饂飩《うどん》を食っちまった。これで赤痢《せきり》にでも罹《か》かれば全くともかくもの御蔭《おかげ》だ」
「いいさ、僕が責任を持つから」
「僕の病気の責任を持ったって、しようがないじゃないか。僕の代理に病気になれもしまい」
「まあ、いいさ。僕が看病をして、僕が伝染して、本人の君は助けるようにしてやるよ」
「そうか、それじゃ安心だ。まあ、少々あるくかな」
「そら、天気もだいぶよくなって来たよ。やっぱり天祐《てんゆう》があるんだよ」
「ありがたい仕合せだ。あるく事はあるくが、今夜は御馳走《ごちそう》を食わせなくっちゃ、いやだぜ」
「また御馳走か。あるきさえすればきっと食わせるよ」
「それから……」
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