すき》の下に、幽《かす》かに残る馬の足跡を見せる。
「これだけかい心細いな」
「なに大丈夫だ」
「天祐《てんゆう》じゃないか、君の天祐はあてにならない事|夥《おびただ》しいよ」
「なにこれが天祐さ」と圭さんが云い了《おわ》らぬうちに、雨を捲《ま》いて颯《さっ》とおろす一陣の風が、碌さんの麦藁帽《むぎわらぼう》を遠慮なく、吹き込めて、五六間先まで飛ばして行く。眼に余る青草は、風を受けて一度に向うへ靡《なび》いて、見るうちに色が変ると思うと、また靡き返してもとの態《さま》に戻る。
「痛快だ。風の飛んで行く足跡が草の上に見える。あれを見たまえ」と圭さんが幾重《いくえ》となく起伏する青い草の海を指《さ》す。
「痛快でもないぜ。帽子が飛んじまった」
「帽子が飛んだ? いいじゃないか帽子が飛んだって。取ってくるさ。取って来てやろうか」
圭さんは、いきなり、自分の帽子の上へ蝙蝠傘を重《おも》しに置いて、颯と、薄の中に飛び込んだ。
「おいこの見当か」
「もう少し左りだ」
圭さんの身躯は次第に青いものの中に、深くはまって行く。しまいには首だけになった。あとに残った碌さんはまた心配になる。
「おうい。
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