を見たまえ」と碌さんが指をさす。長い薄の葉は一面に灰を浴びて濡《ぬ》れながら、靡《なび》く。
「なるほど」
「困ったな、こりゃ」
「なあに大丈夫だ。ついそこだもの。あの煙りの出る所を目当《めあて》にして行けば訳《わけ》はない」
「訳はなさそうだが、これじゃ路《みち》が分らないぜ」
「だから、さっきから、待っていたのさ。ここを左りへ行くか、右へ行くかと云う、ちょうど股《また》の所なんだ」
「なるほど、両方共路になってるね。――しかし煙りの見当から云うと、左りへ曲がる方がよさそうだ」
「君はそう思うか。僕は右へ行くつもりだ」
「どうして」
「どうしてって、右の方には馬の足跡があるが、左の方には少しもない」
「そうかい」と碌さんは、身躯《からだ》を前に曲げながら、蔽《おお》いかかる草を押し分けて、五六歩、左の方へ進んだが、すぐに取って返して、
「駄目のようだ。足跡は一つも見当らない」と云った。
「ないだろう」
「そっちにはあるかい」
「うん。たった二つある」
「二つぎりかい」
「そうさ。たった二つだ。そら、こことここに」と圭さんは繻子張《しゅすばり》の蝙蝠傘《こうもり》の先で、かぶさる薄《す
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