道《おおにゅうどう》の圭さんが空を仰いで立っている。蝙蝠傘《こうもり》は畳んだまま、帽子さえ、被《かぶ》らずに毬栗頭《いがぐりあたま》をぬっくと草から上へ突き出して地形を見廻している様子だ。
「おうい。少し待ってくれ」
「おうい。荒れて来たぞ。荒れて来たぞうう。しっかりしろう」
「しっかりするから、少し待ってくれえ」と碌さんは一生懸命に草のなかを這《は》い上がる。ようやく追いつく碌さんを待ち受けて、
「おい何をぐずぐずしているんだ」と圭さんが遣《や》っつける。
「だから饂飩じゃ駄目だと云ったんだ。ああ苦しい。――おい君の顔はどうしたんだ。真黒だ」
「そうか、君のも真黒だ」
圭さんは、無雑作《むぞうさ》に白地《しろじ》の浴衣《ゆかた》の片袖《かたそで》で、頭から顔を撫《な》で廻す。碌さんは腰から、ハンケチを出す。
「なるほど、拭《ふ》くと、着物がどす黒くなる」
「僕のハンケチも、こんなだ」
「ひどいものだな」と圭さんは雨のなかに坊主頭を曝《さら》しながら、空模様を見廻す。
「よな[#「よな」に傍点]だ。よな[#「よな」に傍点]が雨に溶《と》けて降ってくるんだ。そら、その薄《すすき》の上
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