とうとう阿蘇《あそ》の社《やしろ》までは漕《こ》ぎつけた。白木《しらき》の宮に禰宜《ねぎ》の鳴らす柏手《かしわで》が、森閑《しんかん》と立つ杉の梢《こずえ》に響いた時、見上げる空から、ぽつりと何やら額《ひたい》に落ちた。饂飩《うどん》を煮る湯気が障子の破れから、吹いて、白く右へ靡《なび》いた頃から、午過《ひるす》ぎは雨かなとも思われた。
 雑木林を小半里《こはんみち》ほど来たら、怪しい空がとうとう持ち切れなくなったと見えて、梢《こずえ》にしたたる雨の音が、さあと北の方へ走る。あとから、すぐ新しい音が耳を掠《かす》めて、翻《ひるが》える木《こ》の葉《は》と共にまた北の方へ走る。碌さんは首を縮めて、えっと舌打ちをした。
 一時間ほどで林は尽きる。尽きると云わんよりは、一度に消えると云う方が適当であろう。ふり返る、後《うしろ》は知らず、貫《つらぬ》いて来た一筋道のほかは、東も西も茫々《ぼうぼう》たる青草が波を打って幾段となく連《つら》なる後《あと》から、むくむくと黒い煙りが持ち上がってくる。噴火口こそ見えないが、煙りの出るのは、つい鼻の先である。
 林が尽きて、青い原を半丁と行かぬ所に、大入
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