ざらざら撫《な》でて見た。けれども今更|鄭寧《ていねい》に絡《から》げたかんじん撚《より》の結び目を解《ほど》いて、一々中を検《あら》ためる気も起らなかった。
「開けて見たって何が出て来るものか」
彼の心はこの一句でよく代表されていた。
「御父さまが後々《のちのち》のためにちゃんと一纏《ひとまと》めにして取って御置《おおき》になったんですって」
「そうか」
健三は自分の父の分別と理解力に対して大した尊敬を払っていなかった。
「おやじの事だからきっと何でもかんでも取って置いたんだろう」
「しかしそれもみんな貴夫に対する御親切からなんでしょう。あんな奴だから己《おれ》のいなくなった後《のち》に、どんな事をいって来ないとも限らない、その時にはこれが役に立つって、わざわざ一纏めにして、御兄《おあにい》さんに御渡になったんだそうですよ」
「そうかね、己は知らない」
健三の父は中気で死んだ。その父のまだ達者でいるずっと前から、彼はもう東京にいなかった。彼は親の死目《しにめ》にさえ会わなかった。こんな書付が自分の眼に触れないで、長い間兄の手元に保管されていたのも、別段の不思議ではなかった。
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