彼は漸《よう》やく書類の結目を解《と》いて一所に重なっているものを、一々ほごし始めた。手続き書と書いたものや、取《と》り替《かわ》せ一札の事と書いたものや、明治二十一年|子《ね》一月|約定金請取《やくじょうきんうけとり》の証と書いた半紙二つ折の帳面やらが順々にあらわれて来た。その帳面のしまいには、右本日|受取《うけとり》右月賦金は皆済相成候事《かいざいあいなりそうろうこと》と島田の手蹟で書いて黒い判がべたりと捺《お》してあった。
「おやじは月々三円か四円ずつ取られたんだな」
「あの人にですか」
 細君はその帳面を逆さまに覗《のぞ》き込んでいた。
「|〆《しめ》ていくらになるかしら。しかしこの外にまだ一時に遣《や》ったものがあるはずだ。おやじの事だから、きっとその受取を取って置いたに違ない。どこかにあるだろう」
 書付はそれからそれへと続々出て来た。けれども、健三の眼にはどれもこれもごちゃごちゃして容易に解らなかった。彼はやがて四つ折にして一纏めに重ねた厚みのあるものを取り上げて中を開いた。
「小学校の卒業証書まで入れてある」
 その小学校の名は時によって変っていた。一番古いものには第一
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