、ともかくも彼の希望だけは健三に通じようと受合った。――ただこれだけなのである。
「少し変ですねえ」
 健三にはどう考えても変としか思われなかった。
「変だよ」
 兄も同じ意見を言葉にあらわした。
「どうせ変にゃ違ない、何しろ六十以上になって、少しやきが廻ってるからね」
「慾《よく》でやきが廻りゃしないか」
 比田も兄も可笑《おか》しそうに笑ったが、健三は独りその仲間へ入る事が出来なかった。彼は何時までも変だと思う気分に制せられていた。彼の頭から判断すると、そんな事は到底ありようはずがなかった。彼は最初に吉田が来た時の談話を思い出した。次に吉田と島田が一所に来た時の光景を思い出した。最後に彼の留守に旅先から帰ったといって、島田が一人で訪ねて来た時の言葉を思い出した。しかしどこをどう思い出しても、其所《そこ》からこんな結果が生れて来《き》ようとは考えられなかった。
「どうしても変ですね」
 彼は自分のために同じ言葉をもう一度繰り返して見た。それから漸《やっ》と気を換えてこういった。
「しかしそりゃ問題にゃならないでしょう。ただ断りさえすりゃ好いんだから」

     二十八

 健三の眼
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